三国志の武将達 ~ 何進
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洛陽の肉屋であったが、妹の何氏が美貌であったため、宦官の手引きで180年に霊帝の側室となり、 少帝(劉辨)を生んだ。霊帝が崩御すると何氏は皇太后となり、 184年に黄巾の乱が起こると何進は大将軍に昇進した。配下の袁紹らとともに、宦官の虐殺の計画を立てたが、何太后は許可を下ろさなかった。そこで何進は董卓を都に呼び寄せて何太后に圧力をかけようとした。これを受けて宦官達は何進の元に出向いて謝罪した。このとき袁紹はこの機会に彼らを皆殺しにするべきだと進言したが何進は聞きいれなかった。何進は配下の部隊を虎賁(近衛兵)として宮中に入れ、それまで武器を持って宮中を警護していた宦官達と交代させようとした。これを聞いた中常侍の段珪たちは皇太后の命と偽って何進を宮中におびき寄せ、殺害した。