三国志の武将達 ~ 姜維
トップ >> 三国志の武将達 ~ 姜維
幼くして父を失い、母と暮らし鄭玄の学問を学んだ。功名を立てるために決死の士を養っていたという。天水郡の上計掾となり、次いで涼州の従事になった。諸葛亮 率いる蜀軍がき山に向かった際、天水太守の馬遵 は姜維らを引き連れて巡察に出ていた。諸県が蜀軍に呼応していたため馬遵はこれを恐れて逃亡し、上けいに向かった。それを知った姜維らは馬遵を追ったが、上けいに入れてもらえず、故郷の冀県でも門を閉ざされたので、仕方が無く蜀に降った。蜀は魏軍に敗北し、撤退したので姜維は母と離れ離れになった。別説には一行は巡察中に蜀軍が攻め寄せたため、冀県に戻るのを恐れた馬遵を姜維は諌めたが聞き入れられず、冀県に戻ると姜維は推されて蜀軍への降伏の使者となったのだという。