三国志の武将達 ~ 郭淮
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建安年間(196-220)に孝廉に推挙され平原郡の丞となった、曹丕の官吏となり、後に曹操の漢中征討に従軍した。漢中に残った夏侯淵の司馬となったが、 劉備が攻め寄せたときには病気で参戦できなかった。夏侯淵が討死すると軍は混乱に陥ったが、郭淮は散り散りになった兵卒を集めて 張コウを大将に推し立てたので混乱が収まった。翌日劉備は漢水を渡って攻め寄せようとする勢いを見せていた。諸将は味方が弱小であるため、川沿いに陣営を連ねてわざと弱そうに見せかける策を支持した。しかし郭淮はそれでは敵が本気で攻め寄せると破られてしまうので、劉備軍が半ば渡河したところを攻撃する構えを見せるべきだと主張し、陣を構えた。劉備は思い切って川を渡ろうとせず、魏軍はその地を守りきった。曹操は郭淮を評価して引き続き張コウの司馬を務めさせた。