三国志の武将達 ~ 馬岱
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馬超の従弟。馬超は遺言として劉備に「私の一族二百余名はことごとく曹操 に殺されましたが唯一従弟の馬岱が残っております。衰えた家の祭祀を継ぐ者として陛下(劉備のこと)に託させていただければ、他に思い残すことはありません。」という上奏を行ったという。諸葛亮が死ぬと蜀軍は退却したが、 魏延は退却を良しとせず部隊を率いて単独行動に出た。 楊儀 は馬岱に命じて部下が去って従者が数人まで減っていた魏延を漢中にて殺害させた。最終的な位階は平北将軍、爵位は陳倉侯であった。『演義』では馬騰が献帝に仕えるために上洛する際に同行する。曹操によって馬騰親子が捕われると命からがら逃亡し、変事を馬超に伝えた。馬超が反乱を起こすと先鋒として長安を落とす手柄を上げる。渭口で曹操軍の土壁を崩すが、氷の一夜城を作られて攻めきれない。馬超が敗れると雍州を馬超と共に転戦し、楊阜 らに敗れると漢中の張魯を頼る。その後馬超と共に劉備に帰順する。