三国志の武将達 ~ 郭皇后
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父の郭永は郭皇后が幼少のころ、娘を高く評価して「この子はわしの娘の中の王様だ」と常々言っていた。そこで女王という字をつけた。両親を幼くして失い、召使いとして働いていたが、 曹操が魏公に就くと見出されて東宮(皇太子、すなわち曹丕の宮殿)に入れられた。郭皇后は知略に勝っており、曹丕が後継者となれたのも彼女の画策による部分も大きかった。曹丕の彼女への寵愛は大きく、甄皇后が死んだのもそれが原因であった。 222年に皇后に立てられた。