三国志の武将達 ~ 王基
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幼い頃に父親を亡くし、育ての叔父への孝行ぶりが賞賛された。 王脩は幼い王基の才能を見抜いていたという。郡に役人として登用されたが、王基の好みに合わなかったので辞任して琅邪郡で遊学した。黄初年間(220-227)に郎中(若手官吏) に推挙され青州刺史の王凌は彼のことを高く評価し、中央から王基が招聘を受けても手放さなかった。青州を王凌はよく治めて評判が高かったが、王基の補佐の功績も大きかったという。曹叡の時代に司馬懿に招聘されて中書侍郎 (勅書担当の役人)に任命された。曹叡の宮殿建設を諌めたこともあった。 曹爽の要請で従事中郎(補佐官)となり、その後安豊太守に任命された。 孫権が建業に兵を集め北上する構えを取ると、豫州刺史の諸葛誕は王基に相談した。王基は、「呉は江夏、廬江、襄陽に攻め込みましたが、何の功績もなく引き上げました。 陸遜は死に、周りは信頼が十分でない若い武将ばかりです。孫権は攻めては来ません。」と答え、果たして予測通りであった。曹爽が失脚すると、以前曹爽に仕えていたため免職となった。