三国志の武将達 ~ 李典
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一族の李乾は乗氏県で食客数千家を統率する有力者で曹操に従って 陶謙、袁術、呂布 と転戦を続けた。呂布の武将薛蘭・李封に反逆するよう誘われたが、これを断ったので殺害され、子の李整が後を継いだ。李整は青州刺史にまで昇進した。彼が亡くなると李典は中郎将となり部曲の後継者に指名された。若いころから学問が好きで、先生について『春秋左氏伝』などの書物を学んでいた李典に曹操は目をつけていたのである。官渡の戦いでは一族や部下を連れて穀物の運搬など曹操軍の後方支援にあたった。黎陽で曹操が袁尚らと対峙した際も、程[日立] と共に船で兵糧を運んでいた。袁尚の魏郡太守の高蕃が水路を抑えて李典らの行く手を阻んだ。曹操は李典らに「水路が通れないなら陸路を使え」と命ぜられていたが、李典は程[日立]に、「高蕃の兵たちは武装度が低い上に水を頼みにしてだらけている。ここは専断が許されるときぞ。」と言うと、程[日立]もこれに賛成し、黄河を渡って高蕃を破り、水路を確保した。