三国志の武将達 ~ 趙昂
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若い頃に楊阜、尹奉と共に名を上げ、涼州の従事となった。『列女伝』によれば益州刺史、羌道の県令を務め、建安年間(196-220)には涼州の参軍を務め、冀県に住んだ。馬超が冀県を包囲すると切羽詰った涼州刺史の 韋康は馬超への降伏を考えた。趙昂はこれを妻の王異の勧めもあり楊阜らと共に諌めたが聞き入れられず、韋康は結局馬超に殺害された。息子の趙月は人質に取られて南鄭に送られた。しかし馬超は人質を取っても趙昂のことが信用出来ずにいた。密かに楊阜の馬超に対する反乱の策謀に従っていた趙昂は妻の王異に馬超の妻の楊氏と親しくさせ、それにより馬超の信頼をも得た。