三国志の武将達 ~ 霍峻
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兄の霍篤は郷里で数百の私兵を従えていた。兄が死去すると霍峻は劉表に命じられて兄の私兵を統治した。劉表が病死すると劉備に配下の私兵と共に帰順した。中郎将に命ぜられた。 劉備が蜀に入り、葭萌城から南に成都を目指したとき、劉備は霍峻を葭萌城の守りに残した。 張魯が配下の楊帛を派遣して誘いをかけ、共に城を守ろうと持ちかけさせたが、霍峻は「拙者の首は得られてもこの城は得られないぞ」と言ったので楊帛は去った。その後、劉璋の武将である扶禁、向存が一万の兵を率いて葭萌城を攻撃したが、霍峻は数百の兵でこれを防ぎ、敵の油断をついて出撃し、向存を討ち取った。