三国志の武将達 ~ 献帝
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霊帝の中子(次男)として生まれた。霊帝は生まれた子供が自分に似ていたので、「合う」という意味の「協」という名前を付けた。霊帝が崩御し兄の少帝が即位すると渤海王に封じられ、次に陳留王に封じられた。 189年8月、何進率いる兵たちが宮殿に押し入り、宦官たちを殺し始めると、 14歳の少帝と9歳の陳留王は宦官の段けいらに連れられて徒歩で脱出した。追っ手が迫り宦官たちが黄河に身を投げると二人は宮殿に戻ろうとし、夜の道を蛍の光を頼りに歩いた。中部堰の貢が二人を保護し、大臣の崔烈が出迎えた。董卓 はいち早くこの一行を捉え、護衛についた。このとき董卓は少帝に経緯を聞いたが少帝は恐怖の余り話すことが意味をなさなかった。陳留王は代わりに状況を明快に説明し、董卓はこのことに感心した。後に董卓は少帝を帝位から降ろし、陳留王を擁立した。後の献帝である。