三国志の武将達 ~ 顧雍
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蔡ゆうが怨恨を避けて都から呉に避難していた折、顧雍は蔡ゆうに師事して学問と琴を習った。蔡ゆうは顧雍のことを高く評価し、『江表伝』によれば蔡ゆうは自分の名のゆうと同じ読みである「雍」の名を顧雍に与えたという。州と郡により推挙され二十歳頃に合肥県長となり、その後も各地の長官を歴任した。孫権は顧雍を会稽郡の丞に任命し、太守代行として郡内の反抗的な武装勢力を討伐させ、顧雍は成果を上げた。孫権が呉王となると尚書令に昇進し、陽遂郷侯に封ぜられたが顧雍はそのことを家の者に一言も言わなかったため、家族は後で人づてにそのことを聞いてびっくりしたという。