三国志の武将達 ~ 王朗
トップ >> 三国志の武将達 ~ 王朗
経書に通じており、官吏に登用された。後に推挙があって三公の元で働く機会を得たが、それには応じなかった。徐州刺史の陶謙の侍中となり別駕の趙昱とともに、長安の天子に使いを送って王命を承り、勤王の心を表すべきだと進言した。趙昱が使者に赴き、陶謙は安東将軍に、王朗は会稽太守に任命された。着任すると、始皇帝を祭っていた会稽の習慣を始皇帝が徳のない君主であったとして止めさせた。郡を四年間治め、郡民をいたわった。孫策が攻めてくると、功曹の虞翻は孫策を力で防ぐのは難しいと考え逃げるよう進言した。しかし王朗は戦って敗れ東冶に逃れ、結局孫策に降伏した。孫策は王朗を問責しただけで罰を与えることはなかった。